るぅもも園営業部-多趣味おやぢの動物事情-

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【雑記】何度考えても、尊厳死、安楽死が何がダメなのかわからない

time 2016/07/30

【雑記】何度考えても、尊厳死、安楽死が何がダメなのかわからない

私は精神異常者なのでしょうか。

もちろん、きちんと法整備し、条件を整える必要があるのは同意です。
「悪用」されるリスクがあることも重々承知しております。

でも、尊厳死、安楽死を選択すること自体は、何にも問題がないと思うのです。、
それによって救われる人が、必ずいると思うわけです。

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極論を言ってしまえば、犬猫はOKでなんで人間はだめなの?

これに正面から答えられる人がいれば、私はきっと考えを改めます。
書き方を変えると、

「なぜ命を奪う行為」はNGなのか。

一方で我々は害虫、害獣を駆除し、食べるためだけに飼育され命を奪われる家畜たち
我々は生きるために多くの命を奪って生きているわけです。

なのに、「人間だから」って理由だけで「命の尊厳」なぞ、語れるのかって話ですよ。

物事はすべて多角的に見よう

まぁ、尊厳死とかそんな話をしているので、今回は「介護」という領域を中心に話を進めてみよう。

・ 望んでいる  介護
・ 望んでいない介護

すべてにおいては、ポジティブエリアと、ネガティブエリアがあるわけですよ。

敢えて言いますよ。私はきれいごとが嫌いなので。要介護者を介護されている方で、以下の気持ちを
一度でも考えたことが「ない」人はいないと思います。

もし、この時間がなかったら、自分は何ができているんだろう

物事においては、何事にもプラスに考えれる人がいる。

「目の前に障害があるなら」、その障害ごと乗り越えてやるぜ!!!

一方で、物事においては、マイナス思考な人もいるわけで

障害があるから、自分は前に進めないんだ

その気持ちを「恥ずかしい、出してはいけない」と、心に闇を抱えながら生きている人も絶対多いはずなんです。

みんな、幸せになりたいわけですよ

「幸せになる」定義は人それぞれなんですよね。
その条件を分析したときに。

「介護」

があることで、「幸せ」になれないという人も、少なからずいるわけです。

命を守る、尊厳を守る、それは立派なことで、「余裕があるなら」するべきことです。

では、余裕がない人が、自分を切り売りしてまで、他人の尊厳を守らなければいけないのか、と考えると
私は違うのではないか、と考えてしまうのです。

自分ができるのはここまで、というラインは必ずあり、それは人によって違います。
そのラインを超えてまで無理に「倫理」を押し付けるのは、それこそ私は人権の侵害だと思う。

そーいう人たちのための「受け皿」をちゃんと作ってあげることは必要なんじゃないでしょうか?

尊厳死、安楽死を選択すること。それは選択する側にも相応の覚悟が必要でしょう。
でも、その結果を受け入れて、乗り切ることを選択したのであれば、それはその人の「権利」であると思う。

今回の養護施設大量殺人の件、ニュースのコメントをみてもきれいごとばっかり書かれている。

「何があっても命を奪うことは悪いこと」 なぜ?

「自分がされたらいやだろ」 いやだよ?

「施設に預けている親族の気持ちを考えろ」 なんで感情論に走るの?

・ 薄給で生きるのやっと
・ そもそも意思疎通が難しい
・ 入居者から理不尽な暴力、暴言を受けても耐えるしかない
・ やりがい、生きがいを感じられない

こんな、歩いても歩いても闇しかない状況を抱えた人はいくらでもいるわけで、
「たまたま」悪い方向に爆発してしまったのが今回の根本ですよね。

尊厳死、安楽死、私は認めるべきだと思います・・・。

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このブログを書いている人

葉月 要

葉月 要

SE歴13年。 Webでもクラサバでもなんでもござれのオールラウンダー。 Java、C#、ExcelVBA等の言語から、DynamicsCRM、Salesfroceなども手掛ける。 洞察、検証から最適解を探そうとする合理主義的かつ動物好き 文章作成や技術相談などがありましたらクラウドワークス等でお受けいたします。 連絡はこちらまでkaname_connect☆rulumomo.ddo.jp



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