るぅもも園営業部-多趣味おやぢの動物事情-

アカビタイムジオウム情報メイン。ペット情報、IT技術や料理等いろんなことを書きまくっています。

【コラム】毒親の連鎖を断ち切ろう 第2回:まずは、自分の原因を探ろう

time 2016/12/21

【コラム】毒親の連鎖を断ち切ろう 第2回:まずは、自分の原因を探ろう

コラムまとめへ

さて、私が合理主義、コミュニケーションを取りにくい、という原因となった
背景を探っていこう。

sponsored link

自分の認識は「褒められる」経験が少なかった

自分でいうのもなんだが、私はそれなりに優秀な方であった。
文武両道。なんでもそつなくこなせるタイプであり、大抵は上位に食い込んだ。
でも、それが「すごいこと」という認識が私には全くない。
「ある程度努力すれば当たり前のこと」という認識しかないのである。
はてはて、一般に見れば、これは異常ではなかろうか。
実際は違うかもしれない。だが、褒められたという記憶がほとんどない。

自分の認識は「話を聞いてもらえない」

基本的に、母親は自分の意思を絶対曲げない人であった。いくらこちらが正論を言っても、
「だって私はこう考えているから」で押し通す、という認識しかない。
父親も父親で、しっかり考えると、意外と放置気味であったように思える。
大事な場面では母親の代わり出てきたりもしたが、こう考えてみると
「両親と腹を割って話した」ことは一回もない気がする。
だって、どうせ話しても無駄だし。という意識が根底にある。

食事中、話しかけようとしても兄がしゃべっており、「さえぎるな」とか怒られて、
結局話せず終わる、というようなことが続いたこと。
母親に反論しても、意味不明な自分ルールで圧殺されること。
「猿」だなんだと、兄と母にからかわれ続けたこと。こんなところでだろうか
自身の印象付けが進んだ要因は。

自分の認識は「実際、意外と放置子だったのでは?」

子供の教育として、箸の持ち方とかはしっかりと叩き込まれた記憶があるが、
服とか、そーいうところに関してははっきり言って無頓着であったと思う。
如実だったエピソードとして二つ

1. 襟を折る、という習慣が小学3~4年までなかった。
小学校の先生に指摘されて、ようやく認識した
2. 小学5,6年の時に先生にパジャマみたいだと言われた
要は、私が持っていた服って、パジャマみたいなスエットみたいな感じのものが多く、
それを言われたのがショックで、ズボン買ってくれって懇願した記憶がある。

自分の認識は「親族の付き合いが致命的」

我が家は二世帯住宅ではあった。1階は祖母が暮らしていたが、私は、祖母は悪だと刷り込まれて育った。
これは断言する。なので、今更米寿だなんだと、話を持ってこられても、正直私はどうしていいかわからない。
「おばあちゃんはあなたのことが好きみたいだから」と母に言われたところで、私は祖母にどう接していいかわからない。
祖母ははっきり言って私の中では、ご近所さん、みたいな感じなのである。

また、母と叔母の中がはっきり言って悪い
そんなのを見せられ続けて育てば、正直、うまくいくはずがない。
私にとっては、近い親族は憎い対象、という認識なのである。

自分の認識は「兄弟仲も良くない」

二つ半ほど上の兄がいるが、はっきり言って疎遠であるし、私からしてみれば、苦手な対象である。
過去を掘り起こす必要はあまりないが、兄もきっと毒親の影響をかなり受けていたと思うのである。
ありていに言えばグレた。他人様に大きな迷惑をかけるようなことはなかったが、言わゆる不良であった。
不良になった兄とはその時点からほとんど顔も合わせていないという感じである。
私にとって、兄といえば

「目覚ましを勝手に持って行って、兄の部屋で鳴ったのに持ってっていないと押し通された」
「ペットボトルにためていた小銭を全部持っていかれたのに、自分じゃないとしらを切られた」
「財布を見て〇〇円足りないとか、上から目線で押さえつけられた」

等という印象が強い。いや、すべてがマイナスではなくて、
ほとんど乗らなくなっていた250㏄のバイクを無償で譲ってくれたりもちろん、プラス要素はある。

こんなこと書くと、「兄のことを悪く言うな」と、以前母に言われたことを思い出してしまう。
そりゃ、普段そばにいない私より、近くにいる兄の型を持ちたい、という気持ちはわからないでもないが、
しかし、「客観的に全体を通してみているのか」という本質が見えてくるのです。

自分の認識は「自分の居場所は自室のみである」

はっきり言って、高校以降、家にいるときは、自室からほとんど出ることはなかった。
だって、自分の居場所ないんだもんね。と。

いつも不機嫌そうにしかめっ面をしている印象が強い   母
ほとんど合わないのに、酔っぱらっているときは文句を言う父

話しても否定されるだけ。顔を見れば文句が飛んでくる。そんな印象でしかない。
もちろん、これは私の行動がまずかった部分も大きいとは思うのだが。

上記を統合すると

以下の要因が、私という毒親を作る土台となっていると思う

・「甘える対象がなかった」
・「家族間の会話がほとんどなかった」
・「親族間の付き合いが悪い」

そして、私が見えている、「毒親の部分」は

子供が頑張って状況を説明しようとしている中、「まず結論いおうぜ」になってしまうこと。
話を聞いてもらえない、というトラウマがあるのか、話のゴール地点が見えないのが非常に不安なのである。
「結論」そして「肉付け」。このストーリを望んでしまう。はっきり言って良くないのでは?

そして、もう一つ。
理由をわかってもらおうとしてしまう
なぜ駄目なのか、なぜこっちの方が良いのか、それを説明してしまうわけですな。
自分の母親の理不尽な一方通行に対する逆説の「過剰な意識合わせ」とも取れる行動です。
しっかり考えてみると、それって理論で子供を潰しているだけ、という部分もある気がする。
時に説明をするのは大事ですが、時には、すり替えとか、臨機応変にするべきだな、と認識した次第である。

コラムまとめへ

sponsored link

down

コメントする




このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ペット

雑記

ランキング

amazon

このブログを書いている人

葉月 要

葉月 要

SE歴13年。 Webでもクラサバでもなんでもござれのオールラウンダー。 Java、C#、ExcelVBA等の言語から、DynamicsCRM、Salesfroceなども手掛ける。 洞察、検証から最適解を探そうとする合理主義的かつ動物好き 文章作成や技術相談などがありましたらクラウドワークス等でお受けいたします。 連絡はこちらまでkaname_connect☆rulumomo.ddo.jp



sponsored link

検索